札幌の歓楽街"すすきの"ってどういう所?その歴史は?

札幌の歓楽街

札幌に来たなら、夜は“すすきの”へ!と出張や観光で訪れた方が、まるで合い言葉の様になっています。

“すすきの”には、カフェ・バー・居酒屋・ラーメン店・風俗店など夜の歓楽街を朝まで賑わせてくれるお店がビルの中にひしめき合っています。
地元でもラーメンを食べにと行こうと、気軽に立ち寄る場所でもあります。もちろん週末には、仲間と一緒に夜の街すすきのへと足を運ぶ方も多く、地元の人から愛されている“すすきの”です。
何故か春には桜の木もなく、花も咲いていないのに、花見と称して歓楽街に飲みに歩く道民ならではの行事も、“すすきの”へと足を運ぶための口実かも知れませんね!


"すすきの"は地図には載っていない


近年では海外からのの観光客も増え、札幌の街で地図を片手に「すすきのは何処?」と聞かれる方が多くなっています。何故なら「すすきの」は地図に載っていないのです。

"すすきの"観光協会によると、南北は南3条と4条の間、都通りから南7条の鴨々川(かもかもがわ)まで、東西は西2丁目から西6丁目の範囲らしいのですが、おおらかな道民にとってはビルが建ち並びネオンが輝く「ここら辺」と言うのが正解でしょうか。

停留所や交番には「すすきの」と書かれていますが、正式な「すすきの」と言う住所はないのです。



"すすきの"は全国でも安全な歓楽街


「すすきの」と言えば男性が行くところ、と思われがちですが、決してそうではありません。
美味しい食事処もありますし、カラオケなどを楽しむところもありますし、もちろん女性同士でアルコールを楽しむことも出来る歓楽街としては、全国でも安全な場所となっています。

ですが極一部ですが、法外な料金を請求するなど強引な客引きも問題とされています。



"すすきの"の歴史とは


明治時代に札幌を開拓するにあたり、請負人・大工・職人・人夫ら流れ込み、その人たちのためにと飲食店で遊女を置いて営業し始め、開拓のために男子を引き留めておくために遊廓が出来たのです。

しかし大正時代には経済発展のため人口も増え、市街地の発展も伴い遊廓も移転。そして遊廓のあった場所には大きな料亭などが出来、伊藤博文をはじめ日本の政財界のトップが次々と来札し、夜を楽しむとともに、政商談が盛んに行われるようになったそうです。

様々な経緯を得て今のネオン輝く"すすきの"となって行きました。知らなかった「すすきの」の歴史。結構深いものがあったのですね。

この「すすきの」ですが、ススキが生い茂り茅野だったから、人の名前から、と諸説ありますが現在でも何故「すすきの」と言う名称になったかは不明です。
また「すすきの」「茅野」「ススキノ」のどちらでも構わないそうです。札幌の開拓から始まった"すすきの"は、こうして生まれ変わり人々が集まり楽しむ場所となりました。



すすきのでお店を尋ねるには


すすきの観光協会によると、すすきのの夜人口は2015年で約8万人と言われ、これからも増えて行くでしょう。北海道新幹線も札幌延伸が2030年と言うこともあり、「すすきの」に来られる方も更に多くなると思われます。

タクシーに乗った際や、交番などで尋ねる際には「○○ビルの××店名」を言うと、地元の人には分かりやすいので、「すすきの」の来た際にはガイドブック片手に尋ねて見て下さい。何故ならビルの中にお店が沢山入っているので、店名だけでは分かりにくいのです。

すすきのは夜の街かと思われますが、日中は夜と違い静かで夜には気づかなかった彫刻も並んでいます。そして日中から開いている飲食店などもありますので、昼と夜の両方を楽しんでみて下さい。 (画像は写真ACより)



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